日中交流の源流は唐の時代に遡り、日本では仏教で国を治める制度を定め、遣唐使を派遣し中国から鑑真和上などの宗教家を招く一方、日本からは仏教界を担う逸材の空海、最澄が入唐し、往来は隆盛を極め、多数の先進的文物が日本にもたらされました。その後千数百年に亘る交流は19 世紀後半日本の開国、即ち横浜・長崎に続いて1868 年神戸開港につながります。開港に伴い近代的な商業は上海から移り住んだ華僑により伝えられ、居留地に近い場所に伝統的な中華街が形成され、日本社会へ様々な影響を与えました。20 世紀前後、欧米列強の包囲の中、日本独自の近代化モデルがアジア諸国の共感を勝ち取り、清朝から大勢の華人が日本を訪れ、年々学び・働き・定住する人口が増大し、1930 年には3 万人を超えました。その約4 分の一が大阪神戸で生活したが、その中には勃興する日本産業に投資する呉錦堂に代表される華商も現れ、彼らは中国の近代化を志す孫文の革命事業を日本各界の有識者と一緒に支援する一方、地元農民の為に灌漑用ため池を開墾するなど、慈善事業も実施しました。その業績は華僑の社会的信頼・地位向上につながりました。
この100 年間、幾度か日本留学ブームを経験しましたが、開放政策により、中国人は世界中に生活空間を開拓した結果、一衣帯水の日本で生活する新旧華僑華人は関東圏を中心に2004 年まで、凡そ60 万人に達しています。特に10 年前の阪神大震災の復興過程で華僑華人は多文化共生社会の先頭に立ち、卓越した働きをして地域社会から大きな評価を得たことは記憶に新しいところです。そうした背景の中、勤勉で専門知識を身につけた華僑華人は起業・創業に取り組み、日本経済に絶えず新たな活力を注入し、在日華商として日本・アジアのみならず世界へ新たな貢献をする熱意に溢れています。その視線は今2007 年世界華商大会に当てられています。
日本中華総商会とは
日本中華総商会は1999 年9 月9 日に老華僑、新華僑(中国が改革開放政策を実施する以前から日本に居住する華僑を老華僑、1980 年代に来日する華僑を新華僑と呼んでいます)及び、中国資本というバックグラウンドの違った中国系在日法人が集まって設立された華僑、華人経済団体です。本会が誕生するまで、日本には全国的な華僑、華人経済組織は存在しませんでした。
20 数年前、中国が改革開放を国策として以来、多くの若い中国人や留学生が来日し、先進的な科学技術や新しい経済知識を学びました。その後、彼らの中から、会社を興して日本経済発展の一翼を担うような事業展開を繰り広げた経営者が次々と現れてまいります。一方、中国の経済発展に伴って、海外に事業を拡大する意欲のある中国企業が続々と日本に進出してきました。例えば、世界最大手海運会社の一つであるCOSCOや、宝山製鉄所を背景とした宝華商事もその一つです。そして、中国の代表的な銀行も相次いで日本に事務所や支店を開設しました。これらの動きは日中経済の融合を加速し、両国の経済関係の発展に大きく寄与してきました。このような背景の下、老華僑、新華僑の企業及び、中国企業の有志達が連携して、多くの人達へ参加を呼びかけた結果、日本中華総商会が設立されました。
本会は経営セミナー、経済フォーラムなど会員達へのサービスを行い、日本、中国等海外の企業や経済団体と交流してきました。現在会員数は220 社を越え、日本では唯一と言ってもよい全国的な、また日本最大級の華僑、華人経済組織となっています。
日本中華総商会は、その成長に伴い、これからの日中両国の発展や経済交流及び友好関係の構築に於いて益々大きな役割を果たす事を目標としています。